第4回 石谷 正和氏(ウドー音楽事務所
常務取締役)
―シミズの歴史は日本のコンサート史とともに歩んでいると思うんですが、石谷さんの印象に残っているものはなんですか?
石谷:ロック・ミュージック、ロック・コンサートが飛躍的に発達、発展したということです。私どもは当初、欧米のアーティストを招聘して米軍のクラブや日本のクラブ、そしてテレビ局などに提供してきましが、1972年からロック・ミュージックを中心にコンサートをやるようになりました。この頃からロック・ミュージックが世界的に大ブレークしてコンサートの形態が変わりましたね。武道館、アリーナ、体育館などの大収容施設でコンサートが行われるようになったし、そのための仮設の舞台、会場設営、照明設備、音響設備などが必要となったのです。それまでは劇場に備わっている設備と人材に頼ってコンサートが行われていたのですが、ロック・コンサートの発展とともに、使われる機材や演出の方法までが変わってきました。
若者の文化といわれるようにまでなったロック・コンサートは、コンサートに携わる業界にも多くの変化をもたらしました。音響会社は単なる拡声装置のような機材から、より専門的な機材を持つようになりました。照明会社も従来からある機材からどんどん変化していきました。そして舞台製作会社もニーズの変化により、サーヴィス、機材、人材など、新しい感性を求められるようになったのです。
―シミズ舞台工芸とウドー音楽事務所との始まりは?
石谷:私と清水社長の出会いは1978年のボブ・ディラン公演のときです。その頃、照明器具を吊るトラスが使われ始めていましたが、日本で用意できるトラスは専用の物ではなく、鉄製のアンテナタワーを代用したものだったのです。日頃からアルミトラスの必要性を感じていた私が清水社長に相談したところ、アルミトラスの導入を快く引き受けてくれました。そして話はロック・コンサート、サーヴィス、機材、人材にまで及びました。この時の話が、シミズ舞台工芸とウドー音楽事務所が関係を持つきっかけとなったのですが、ロック・コンサートに対する清水社長の先見性と舞台作りの感性は、後の舞台制作の指針となるものでした。それ以来、ウドーとシミズは、レッド・ツェッペリン、ローリング・ストーンズ、マイケル・ジャクソン、エリック・クラプトン、エアロスミス、ボンジョヴィなど、世界のアーティストの舞台制作を手がけ、共に発展してきたのです。
―当社には様々な部門とスタッフがいますが、それに対する感想は?
石谷:ロックコンサートの発展と共に舞台制作会社には新しい職種がでてきました。シミズさんは吊り物を扱うリガーを育てました。リガーは電気モーターやロープの扱い、また重量
計算に精通している人でなければなりません。シミズさんの現場では、松信君、木村君たちが良い仕事をしてくれているし、吉植さんの見事な采配ぶりには、下見に来ていた某同業他社の人がびっくりしていました。コンサートが大型になってくると、制作の手配が煩雑になり、安全のための管理が大変重要になります。シミズさんは内外の機材制作会社と早くからこれらの課題に取り組んでいて、窓口の営業マンは制作手配、安全管理に精通
しています。能見さんをはじめ、東京の伊藤君、横浜木村君、福岡角屋さん、札幌岩井ちゃん、そして東京ドームの大友君、海老ちゃん、武道館の福岡君、道具の茅野ちゃん、メイビー、みんな良い仕事をしてくれた。彼達が日本のロックコンサートの基礎を築いたと思います。
彼達に共通しているのは、愛社精神に富み、創意工夫をしてどんどん前進している点です。このような社員をたくさん育ててきたからこそ、クライアントはシミズさんを信頼して長く仕事をお願いするのだと思います。
エピソードを一つ紹介しましょう。1998年、エアロスミスの東京ドーム公演の仕込み時に、綿密な重量
計算を行い、製造メーカーに確認をとっていたにもかかわらず、PAを吊っていたトラスが落下するということがありました。原因は製造メーカーも認める製品不良でした。不幸中の幸いというか、怪我人はでなかったのですが、翌日のコンサートのため復旧作業を急がなければなりません。私はその時、営業窓口だった北迫くんの見事な仕事っぷりに感心しました。その場で図面
を書いて、代替のレイヤー、トラック、人員を素早く手配し、徹夜で作業をして翌日のコンサートに間に合わせました。倉庫のみなさん、トラック、急にかり出された作業員のみなさん ありがとう。北迫君をはじめシミズさんの組織力の賜です。
シミズさんのいろいろある部門の中では、デザイン部の活躍も光っています。会場設営、舞台制作に関して、重量
計算や設計構造を伴った図面作り、海外などとの連絡など、安全で正確な舞台作りに欠かすことのできない人たちです。柳君、保坂君、これからもよろしく。
―シミズ舞台30年の中で使用機材もいろいろ変わってきていますが、印象に残るようなことはありますか。
石谷:アルミや鉄、電気を使うようになったことです。シミズさんは早くからトラスとモーターを導入して体育館やアリーナでのコンサートを可能にしてくれましたし、ルーフタワーのシステムはスタジアムコンサートを可能にしてくれました。最近は重量
計算や設計にコンピューターを使い、図面はCAD、データはEメールで交換するようになりました。従来の慣習にとらわれやすい業界の中にあって、シミズさんは世界レベルで動いているのです。
―安全確保は制作者にとって重要なテーマですが、過去の事故例などを見てどのように思われますか。
石谷:事故は思いがけないときに起きます。予見できれば事故は未然に防げます。規模の大きいコンサートでは、機材制作メーカー、照明会社、音響会社、特殊効果
の会社などいろいろな会社が介在して、複数の会社による複合的な事が原因となった事故もありました。また機材制作会社の不良製品による事故もありました。このように、複雑な絡みがあると一製作会社だけでは解決できません。複数の会社を管理する経験豊かな監督が必要でしょうし、関係会社間のミーティングも大事です。メーカー製品であっても品質確認は必要です。清水社長が中心になって設立された日本舞台技術安全競技会は、これら諸問題の研究と対策、技術革新を進めていますので、大いに期待をしております。
―これからのコンサート業界はどうなっていくんでしょう? 本数、減ってますよね?
石谷:これからはもう、アーティスト、スタッフはもちろん、行政なども含めて、そこに関わっているすべての人が、内容のよいエンタテインメントを総合的に作る協力体制を確立しないと、どんどん先細りになっていくと思います。外国で見るコンサートって、楽しいでしょ? 会場について、駐車場に車を停めると、そこにいるおまわりさんの交通
整理の手振りからしてすでにエンターテインメントになっています。そして会場に入ると、ポップコーンやホットドッグの売子の仕種まで面
白いんです。日本では規制が厳しくて、場内飲食禁止、特殊効果の花火は10分の1、100分の1、または禁止で、お客さんもアーティストももっと接近したいのに、6メートル(東京ドーム)、3メートル(武道館、他)の通
路を設けるという規則があるため、それができません。会場管理や安全がこれらの規則によって守られていることはありますが、外国ではアーティストもスタッフも、「客をとことん楽しませるんだ!」っていう決意を持ってやっているし、お客さんにも「とことん楽しむんだ」という貪欲さがあります。日本でもみんなが、そういう「エンターテインメントの心得」みたいなものを持つような方向になると、面
白い時代が来ると思う。
この30年間、シミズさんには数多くのコンサートの会場設営、舞台制作でお世話になりました。シミズさんのすばらしいスタッフと機材、組織力のおかげで、外国と比べても遜色のないコンサート運営ができるようになりました。今後ともエンターテインメント文化がさらに発展できるよう、よろしくお願いいたします。
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